ネットビジネス入門

自分の力で未来を先取りする。- 僕がネットビジネスをおすすめする理由

目安時間 14分

ゆうしんです。

 

僕はこのサイトでネットビジネスについての情報発信をしていますが、
それは「組織に所属せず、自分の力で稼ぐ生き方」を提案したいという
目的によるものです。

 

その理由は、今の社会や働き方があまりに閉塞的で
幸せになれない人が多いと感じているからです。

 

あなたは何故働くのでしょうか?

「仕事が好きだから」という人はラッキーですが、そんな人は稀で、
大半は「食べていくために仕方なく働いている」のが本音だと思います。

 

「それが普通。それが働くということだよ」
というのが常識ですが、それで果たして「生きる意味」を
感じられるのでしょうか?

 

それは「幸せになるため」に働くのではなく、
「不幸になる恐怖から逃れるため」という理由が大半だということです。

 

こんなに豊かな世界に生まれて、何故生まれながらにして
「不幸ありき」の生き方を課せられなければいけないのでしょうか?

 

「それが普通」なら、どうして生きる意味が分からず悩んでいる人が
こんなに多いのでしょうか?

 

皆、幸せそうじゃない

 

今、日本はとても「生きづらい」世の中になっていると思います。

衣・食・住は満たされていますが、心が満たされていない。

生きていくのに不自由はないが、「何のために生きているのか」が
分からないまま、ただ何となく生きている。

そんな人がとても多いと思います。

 

でも、とりあえず生活のために働かないといけない。

何のためにこんなに頑張っているのだろう…と虚しさを抱えながら、
それでも生きていくために明日も働く。

働くために食べる。

食べるために働く。

生きるために、生きる。

ただ生きることだけが目的で、中身は虚しいままです。

何年、何十年、そのまま生きて齢を取り、やがて死んでいきます。
最後まで心は満たされないままで。

 

どうしてこんなに皆「幸せそうじゃない」のでしょうか?

どうしてこんな生きづらい世の中なのでしょうか?

こんなに豊かな社会なのに…

 

「生きてる意味が分からない」

何でもそうですが、やる意味が分からないままやらされることほど
つらいことはありません。

人生も同じです。

生きる意味が分からないまま生きるのはつらい。当然です。

 

でも、誰も生きる意味なんて教えてくれません。

親も先生も、そんなこと深く考えたことがないから、教えられないのです。

 

自分で考えようにも、その機会も、時間も与えられません。

勉強、受験、就職、仕事…
次から次へと課題が与えられ、それをこなすことが「生きること」であり、
さらにもっと上手くこなすことがより「良い人生を送ること」だと
学校でも、家庭でも、刷り込まれます。

 

何をやりたいかは二の次。
とにかく与えられる課題を人より上手くこなす。

それだけが、自分の存在価値を示す唯一の方法。

 

それに疑問を抱くことは、この社会ではタブーです。
秩序を乱す「反乱分子」と扱われます。

 

それがこの社会の常識です。

 

日本の教育は「何のために?」を考えさせないように
できています。

余計なことは考えず、ひたすら与えられた課題を黙々とこなす。
そういう子供が評価されます。

 

何故やらなければいけないのか?

答え:「やらなければいけないから」

 

これです。
これが模範解答です。

何も考えず、思考停止でひたすら目の前のことに
取り組む子供が「良い子」と評価されます。

 

思春期頃になると、中にはこれに違和感を感じる人も出てきます。

自分は何を求めているのか?
自分はどう生きるべきか?

一瞬悩み、考えます。

 

しかし、それもつかの間。

勉強、部活、受験、友人関係、

次々と押し寄せる課題に忙殺され、そのうち忘れます。

 

他にも、ゲーム、漫画、テレビ、ネットと様々なものが心を奪い、
人生について、自分自身について、深く考える時間を奪います。

 

何のために生きるのか?なんていつまでも考えている人は
「中二病」と揶揄されます。

 

大半の人は考えないまま、やがて月日は過ぎ、社会に出ます。

生きる目的は、あやふやなままで。

「働くために働く」「生きるために生きる」無限ループ

それでもとにかく「生きていくため」「乗り遅れないため」就活に励み、
どこかの企業に就職し、言われるがまま与えられた仕事をこなし、
食い扶持を稼ぐ。

 

ただ取り残されないように。

落ちこぼれないように。

 

そうやってこの社会に何とか居場所を見つける。
そこに必死でしがみ付く。

それだけが人生の目的になります。

 

給料が安くても、
悩みごとがあっても、
パワハラ上司がいてストレスが溜まっても、
それで体調を崩しても、会社にしがみつく。

「生活のため」
「生きるため」

 

生きるために、仕事をする。
仕事をするために、生きる。

「生きるために、生きている」。
無限ループです。

 

今の社会ではこれが「常識」です。

これが「社会人になる」ということです。

そして、これが「人生」です。

 

しかし、これは果たして「自分の人生」と言えるのでしょうか?

何のために生きるかを考えずに、ただ生きる。

それは果たして本当に「自分の意思で生きている」と言えるのでしょうか?

 

「自分の意思」など必要ない。
言われた通りにやれ。
それ以外の余計なことは考えるな。

それが日本の教育です。

 

レールから外れたら生きていけない。
落ちこぼれたら生きていけない。
人様に迷惑をかけるな。
働かざる者食うべからず。

それを徹底的に叩き込むのが、日本の教育です。

 

その結果、どれだけつらくても、非人道的な状況でも、

「自分が耐えるしかない」

「我慢できない自分が悪い」

と自分を責め、追い詰められていくことになります。

 

昨今マスコミを賑わせているブラック企業の問題はまさにこれです。

 

会社を辞めたら生きていけない。

自分が今辞めたら、大変なことになる。

上司に、同僚に、取引先に、迷惑はかけられない…

親を心配させたくない…

 

そう思うように刷り込まれているので、極限状態になっても
「逃げる」という選択肢が思いつかないのです。

 

自分を抑えてでも集団のために貢献するのが正しい人間の道だと。
それこそが、自分の生きている価値だと。

 

その常識を否定したり、集団からリタイアすることは、
死よりも重いタブーなのです。

 

だからこそ、もう「死にたい」と思うくらいに絶望的な状況でも、
本当に死ぬまでは、逃げ出せないのです。

 

「お金と引き換えに人生を売る」

自らの尊厳よりも、生命よりも優先される「集団の論理」。

これはもう「洗脳」です。

 

僕はこれを真っ向から否定します。

 

会社が自分の人生の責任を取ってくれますか。

会社が何をしてくれるのですか。

自分が自分を大事にせずに、
他の誰が大事にしてくれるのでしょうか。

 

まず、自分優先。それでいいのです。

会社は従業員に払う給料の3倍のコストをかけて
従業員を雇っていると、よく言われます。

だから何?です。

 

会社はそれでも利益を出せるから従業員を雇うんです。

 

会社が従業員に払っているのは、人件費という「経費」。

つまり、お金です。

 

一方、従業員が会社に提供するのは自分の「人生」そのもの。

従業員は、最低限生活できる程度の給料と引き換えに、
一度しかない人生の大半の時間を、会社に売っています。

 

「お金」と「人生」。
こんな割に合わない取引がありますか?

そもそもが、不利な取引なんです。

 

歪められた「働かざる者食うべからず」

 

しかし、「お金」=資本を神のように崇め奉り、
貧乏は自己責任、金を稼げないなら死ね、

「働かざる者食うべからず」

というのが、今の日本の資本主義の形です。

 

ちなみにこの「働かざる者食うべからず」という言葉。

もともとは資本主義とは正反対の、共産主義者レーニンの言葉です。

 

企業のオーナーや大地主などの資本家が、不労所得で働かずに
のうのうと暮らしていることを批判した言葉でした。

 

それが日本では、昔からあった「ムラ社会」のメンタリティ、
「怠けていると白い目で見られる」という同調圧力と結びつき、
「食べていきたいなら黙って働け」と資本家にではなく
労働者に向けて
使われるようになりました。

 

元々は資本家を批判する言葉だったのに、
日本ではむしろ資本家にとって都合の良い言葉として
使われているわけです。

 

そんな意味を歪められた言葉なんて、忘れてしまっていいです。

 

それは明治・大正の工業化の時代や、昭和の高度成長期には
有効だったのかもしれません。

企業も社会もどんどん発展を続けているなら、
とにかくひたすら目の前の仕事をこなせば、給料も上がり、
出世もできた幸せな時代には、それで良かったのでしょう。

 

しかし今の日本は、もはや高度成長は望めません。
人口も減っていきます。

企業を盲信し、言われたことに従っていれば良かった時代は
もう来ません。

今は、企業が儲かっても労働者の収入は上がらないからです。

 

頑張って働いても、収入も生活レベルも上がる見込みがない、
そんな中で、何をやりがいに仕事をしていけば良いのでしょうか?

 

自分の力で未来を先取りする

 

実は日本だけでなく、高度成長の終わった先進国は
どこもそんな状況です。

新たな「生きるルール」を模索していて、でも見つからずに
さまよっています。

 

残念ながら、その答えはまだ見つかっていません。

今の社会制度は、人を幸せにするようにはできていない。
まだまだ人類はそんな段階にないのだと思います。

 

しかし僕は、悲観していません。
これから先、世の中はどんどん良くなると思っています。

それはインターネットの存在によってです。

 

インターネットの出現で、人類は一気に10段階くらい
レベルアップしたと思っています。

これにより、人類の文明は今までの何倍もの速さで発展していきます。

既に加速していると実感している人もいるでしょう。

 

戦争や環境問題など課題は多いですが、それも
乗り越えられると思っています。

100年前、50年前と比べて、少しずつですが確実に
「世界は良くなっている」と、僕は思うからです。

 

100年後か200年後か分かりませんが、そう遠くない将来に、
皆が今よりずっと幸せに生きられる社会が実現すると思います。

 

でもそれは、まだ少し先の話です。

じゃあどうするか?

 

諦めて今の社会に適応する、というのも一つの手です。

しかし、それができない人もいます。

僕もそうでした。

 

だったら、自分でそれを実現するしかないんです。

 

社会が変わるのを待ってはいられません。

流れに乗り、誰かが考えた制度に従うだけでは、自由は手に入りません。

今の社会は、そんなふうにはできていないのです。

 

自由は、社会の仕組みを作っている一部の人が独占しています。

それを俗に「既得権益」といいます。

 

僕らがそれを少しでも手に入れるには、自分で行動を
起こすしかありません。

 

何も行動せずに自由を手にするのは、
金持ちの家に生まれるとか、宝くじに当たるとか、
ごくまれな幸運な人だけです。

 

それを期待して生きるのも一つですが…

しかし、それでは人生を何十回繰り返しても、自由は手に入りません。

 

自分の力で、ほんの少し未来の自由を先取りしましょう。

 

そのお手伝いを僕ができれば嬉しいです。

 

長くなりましたが、お読み頂きありがとうございました。

ゆうしんでした。

 

 

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管理人:ゆうしん

元中小企業の営業マン。
鬱で退職後、不動産投資と転売で稼いだり、また鬱になって休んだり。

中学から不登校だったり、高校中退したり、高認取って大学行ったり。

そんな経験をふまえて情報発信してます。

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社会に対する問題意識とか。
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