マインド

レールを外れる=死。が未だに常識であること

目安時間 4分

ゆうしんです。

 

僕は社会に適応できなかった人間ですが、
その理由の一つが、とにかく「型にはめられる」という
息苦しさでした。

 

自分が何をやりたいかは関係なく、

「とにかくこれをやれ、やらなければ存在価値がない」

と追い立てられているような、強いプレッシャーを感じていました。

中学の時点で、既にそう思っていました。

 

学校に行かなければ、まともに生きられない。

 

親もそう言ってましたし、自分もそう思っていました。

 

僕は中学生の頃、漫画家になりたいと思っていました。

それは友達も知っていて、不登校の僕に対して
「ゆうしん、もう漫画家になるしかないんじゃないの?」と
言っていました。

その時は、自分もそう思いました。

普通に学校に行って、大学を卒業して、普通に就職する、
それ以外の道があることを教えられていなかったからです。

 

学校も行けない人間は、何もできないと。
得意な漫画を描いて生きるくらいしかないと。

それしか思いつかなかったんですね。

 

何をしても生きていける。何故それを教えない。

そうは言っても学校は優れた教育システムで、
可能であれば普通に学校に行って卒業すればいいと
思うのです。

 

でも、学校に馴染めない子供を、
「学校に行かなければまともに生きていけない」と
縛り付けるのは、間違っていると思います。

 

「学校に行けない=劣っている」

というのは、絶対違うと思います。

 

本当は、たまたま普通の学校が自分に合わなかっただけで、
例えば音楽や美術や、スポーツや、
その他専門的な道に進めば、若い内から
力を発揮していたかもしれないのです。

 

でも、まるで「何にでもなれるような万能細胞」を作るがごとく、
「とりあえず義務教育」「とりあえず高校卒業」
という「無難な道」を終えさせようとするわけです。

 

これ、実はとんでもない損失かもしれない。

芸術やスポーツなんて、もう十代のうちから
世界トップクラスの活躍をする人はザラにいます。

 

それを、「高校卒業までは…」といって縛り付けることが、
果たして良いことなのか。

 

特に本人が学校に馴染めないのに、無理矢理行かせるのは
何の意味もないと思います。

 

何でも良いから、他にやりたいこと、得意なことを見つけて、
そちらに進ませるべきです。

 

わざわざ苦手なことを何年も続けさせて、苦労して苦労して、
すっかり自信を喪失させて、出来上がるのは

「どこにでもいる、高卒の人間」

です。

もったいないですよ。

 

本当は、何をしても生きていける。

好きなことをして生きていくのが、一番幸せだし、
一番能力を発揮できる。

 

そう教えるべきです。

 

レールはどんどん外れていいと思います。

 

少なくとも、僕はレールを外れて良かった。

そう思っています。

 

今でもレールに沿っていたら、年下の上司に小突かれながら
ペコペコ働く、うだつの上がらないしょぼくれたオッサンだったと思います。

 

苦手なことは、やるべきでない!

声を大にして、そう言いたいです。

 

 

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管理人:ゆうしん

元中小企業の営業マン。
鬱で退職後、不動産投資と転売で稼いだり、また鬱になって休んだり。

中学から不登校だったり、高校中退したり、高認取って大学行ったり。

そんな経験をふまえて情報発信してます。

生きづらさとか。
社会に対する問題意識とか。
なんか楽しいこととか。

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