メンタルヘルス

生きるのはつらい。でも長生きしたい。という不思議。

目安時間 4分

ゆうしんです。

 

ブログを書くというのは、自分がどういう人間かを再認識する行為です。

 

日々、自分の思考を文章に落とし込んでいると、
自分が何に関心があり、何を考えて生きてきたのかが良く見えてきます。

 

それでできたのがこのブログですが、読み返してみても

ああ、自分は本当に社会不適合者だなあ、って再認識しますね。

 

暗いですもん。このブログ。

よほど人生がつらかったんだなあ、と自分でも思います。

 

でも、意外にも「死のう」と思ったことはほとんど無いんですよね。

 

逆に、長生きしたい。

できれば永遠に生きたい。

 

これ、誰に言っても理解されないんですが、
僕はずっとそう思ってます。

 

死ぬのは嫌。怖いのではなく、悲しすぎて。

死にたくない、永遠の命が欲しい、と言うと、たいていの人は
変な顔をします。

「そんなのおかしい」みたいに言いますね。

 

永遠に生きるなんて不自然だ、とか。

限りがあるからこそ、命を大切にする、とか。

 

言ってることは分かるのですが、あんまり実感が湧きません。
なんか理念先行というか。

 

生き物は、生きてる以上、生きたいと思うのが自然なのでは?と思います。

 

こないだそれについて考えてて、ふと原因が分かった気がしたんです。

 

自分は多分、今までの人生に意味を感じられていない。

だから、このまま死ねない。

 

単にそういうことではないかと。

 

鬱を抱えて生きている人は、基本的に「苦痛」なんですよね。

人生が苦行なんです。

 

ただの苦行で人生が終わってしまったら、
何のために生まれてきたか分からない。

 

今までの人生に意味を見いだせなかったからこそ、

「やばい、このままでは意味もなく死んでいくだけだ」

という焦りがあります。

 

鬱の人がみんなそうだとは言いませんが、少なくとも自分はそうです。

 

悲しすぎるんですよ。

ただ苦しんで、ただ死んでいくだけの自分の存在が。

 

みんなすごい。充実している。

そう考えると、みんな「生きること」を全うしているんだなあ、と感じます。

 

成長して、仕事をして、子育てをして、老いて、死んでいく。

そのプロセスを意味があるものとして、一つ一つ味わいながら、
人生を歩むことができている。

 

多分、その時点で「幸せ」なんじゃないかと思うんですよね。

ただ何となく生きていても、やっぱり自分が生きることそのものに
意味を感じられている。

 

「充実している」と言っても良いかもしれません。

本人の中ではどうか分かりませんが、少なくとも僕のように
人生が苦行になってしまっている人と比べると、ずっと充実しています。

 

だからこそ、寿命を全うして死ぬことを受け入れられるんじゃないかと思います。

 

人生はつらい。だからこそ、長生きしたい。という逆説。

あまり理解されないと思いますけどね。

 

何かこの辺、突き詰めて考えてみたいです。

哲学か、心理学の領域ですかね。

 

 

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管理人:ゆうしん

元中小企業の営業マン。
鬱で退職後、不動産投資と転売で稼いだり、また鬱になって休んだり。

中学から不登校だったり、高校中退したり、高認取って大学行ったり。

そんな経験をふまえて情報発信してます。

生きづらさとか。
社会に対する問題意識とか。
なんか楽しいこととか。

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