社会情勢

お年寄りは輪投げをして楽しいのかな

目安時間 7分

どうも、ゆうしんです。

僕は気晴らしによく近所を散歩するのですが、その途中に
いわゆる「デイサービス」の施設があります。

デイサービスって簡単に言うと「日帰りの老人ホーム」です。

その横を通ると、レクリエーションをやっている様子が窓から見えるのですが、どうにもモヤモヤするんですよね。

やってることがいちいち幼稚で。

「輪投げ大会」とか
「ボール投げ」とか
「童謡を歌う」とか。

保育園か?と。

正直「お年寄りをなんだと思ってんだろう」って思うんですよ。

外からそう見えるだけで、中ではいろいろやってるのかもしれませんが。
そう思いたい。

もし僕が将来老人ホームに入ったとして、
みんなで
「輪投げ」やりましょうとか、
手拍子に合わせてお歌を歌いましょう、なんて言われたら、
逃げ出したくなります。

たぶんほんとに逃げます。

なんで幼児扱いするのかな

僕は昔、両親が病院に勤めていた関係で、
何度か「認知症病棟」を見学したことがあります。

そこで見た光景も同じような感じでした。

広間に集まった30人ほどのご老人が、みんなでポンポンを持たせられて、
歌に合わせてシャンシャン振ってリズム取ってるんですね。

何だか、見てて悲しかったです。

完全に幼児扱いしているようにしか見えませんでした。

自分達よりずっと年上の、人生の先輩ですよ。

確かに認知症ではありますが、一人ひとり病状は違いますよね。
それを一緒くたにして、幼児をあやすように扱っている。

親くらいの年の人に対して、こんな扱いで平気なのかな?って、
子供ながらに思いました。

当のお年寄りたちは、もちろん文句なんて言いませんよ。

ハイハイ、と指図されるままに、なんでも従っています。

というより、
「看護師さんが言うからその通りにしてあげている」
もっと言えば「年寄り」という自分の役割を全うしている
というように見えました。

懐が深いというか、成り行きに任せるというか。

お年寄りたちも、実はいろいろ思うところがあったんじゃないかなと思うんですよね。

看護師のほうはそんなことは想像もせず
「お世話してあげている」つもりで。

なんか「これでいいのかな…」って腑に落ちない感じがありました。

あれから20年立ちましたが、少しは状況は変わっているのでしょうか。

僕が散歩中に見るデイサービスセンターのレクリエーションは、その時と変わらない光景に見えます。

もちろん、現場ではいろいろと頑張っているのだと思いますが。

「死ぬまでの暇つぶし」なんてもったいないし、悲しい。

「暇つぶし」とか、せいぜい「ボケないように」程度の目的の
ゆるいレクリエーションって、つまらないんじゃないかと思うんですよね。
やってるほうはもちろん、やらせてる介護者のほうも。

もっと有意義だと感じられる、ワクワクするようなことって
できないもんでしょうか。

例えば、お年寄りにアウトプットをしてもらい、形にする。

それを集めて本にするとか、ブログにアップしてもいいですよね。

語っている所を動画に撮って、YouTubeにアップしても良いかもしれません。

デイサービスという場では単なる「お世話される人」ですが、
一人ひとりを見れば70年、80年と長い経験を生きてきた人生の先輩で、
僕たちが知らないことをたくさん知っている知識の宝庫です。

昔の話を聞かせて!と言えば、いくらでも語ってくれるでしょう。

もちろん、認知症で話ができないとか、
つらくて昔の話をしたくないという人もいますから、
その場合は無理に話をしてもらう必要はないですが。

実際には話をしたいお年寄りのほうがずっと多いはず。

こっちがちゃんと聞こうとすれば、
そこでしか聞けない貴重な話がたくさん出てくると思います。

戦争の体験でも良いですし、子育ての苦労話や、親との別れ、
人生で一番幸せだったこと。

若い頃の恋愛の話とか、奥さん・旦那さんとの馴れ初めとか。

そういうの、すごくいいですよね。

良いコンテンツがたくさんできると思います。

別にそれでお金を稼ごうということではなくて、
そうして形に残すだけで
小さくても達成感があると思うんですよ。

そういう生産的な活動のほうが
絶対に生きがいを感じてもらえると思う。

そういう発想もなく、子供をあやすみたいに
ゲームやお遊戯で「時間をつぶすだけ」になってるのは
すごくもったいないと思うんですよ。

介護の現場が厳しいとは思いますが

もちろん僕は介護の現場で働いたこともないですし、
偉そうに言える立場ではありません。

でも、寝たきりの祖母を家族ぐるみで介護しながら育った経験はあります。

祖母は20年ほぼ寝たきりで、入退院を繰り返していました。

その経験から言えば、お年寄りは一見言葉が不自由でも、
体が動かなくても、頭の中身はかつてバリバリ活動していた
現役時代の記憶を、そのまま残していること。

(だからこそ、元教師だった僕の祖母は、半身麻痺でボケていく自分を受け入れられず、死ぬまで苦しんでいたのですが)

機会があれば能力を発揮して、活躍したいと思っていること。

何かの役に立ったと思えた時には、本当に嬉しそうな顔をすること。

「能力を発揮したい」「何かの役に立ちたい」という思いは、
死ぬまで変わらないと思います。

それを引き出して、「自分は人の役に立っている」「自分には価値がある」
という実感を味わってもらう。

そういう発想が、介護の現場に必要なんじゃないかと思うんですよね。

もちろんこれは理想論です。

介護業界の賃金が低く抑えられている現状では、
そういう高邁な理想をもって仕事に取り組める人材を確保することは
難しいでしょう。

単純に人手不足でそういう余裕もないと思います。

でもこれは、人類史上最速で高齢化が進んでいる日本においてこそ
取り組むべき課題。

「要介護高齢者の自己実現」。

これは喫緊の課題だと思います。

僕も将来何かの役に立てないか、考えていきたいと思います。

 

 

   社会情勢   0

コメントフォーム

名前  (必須)

メールアドレス (公開されません) (必須)

コメント

トラックバックURL: 
管理人:ゆうしん

元中小企業の営業マン。
鬱で退職後、不動産投資と転売で稼いだり、また鬱になって休んだり。

中学から不登校だったり、高校中退したり、高認取って大学行ったり。

そんな経験をふまえて情報発信してます。

生きづらさとか。
社会に対する問題意識とか。
なんか楽しいこととか。

カテゴリー
サイト内検索