マインド

生きるために、自分に正直になること

目安時間 8分

どうも、ゆうしんです。

 

昨日までちょっと弱気な内容になってました。

原因は書いてましたが「寝不足」です。

 

わかっちゃいるけど仕事したくて、つい寝るのが遅くなって、寝不足で頭が働かないから、余計時間がかかって、夜更かししてしまう。

 

って感じで4~5時間睡眠が2週間くらい続いてたのですが、昨日あたりで限界が来て早く寝ました。

 

やっぱり睡眠は大事ですね。

 

と言っても睡眠時間は7時間ちょっとでしたが、久しぶりにゆっくり寝た感じで、今日はかなり調子が良かった。

意欲がぜんぜん違うし、頑張らなくても普通に仕事に向かえるし、効率も良い。
アイディアもポンポン出てきます。

 

プールも、最近はしんどくてクロール1000mで終わってたのを、今日は普通に1500mガシガシと泳げました。

1500m泳ぐとかなりメンタルが安定するので、できれば毎日1500続けたい。

 

で思ったのが、生活が乱れていると、何かを成し遂げることはできない。

ってこと。

生活習慣は日常の基礎=人生の基礎。寝不足は絶対だめ

寝不足だとあらゆるパフォーマンスが落ちるのは誰もが経験していると思いますが、2週間、3週間と長期に渡って寝不足が続いた経験はありますか?

 

僕の経験では、3週間くらい続くと、だんだん「鬱」の足音が近づいてきます。

意欲が落ち、自己評価が落ち、何も手に付かなくなります。

 

2~3日の寝不足は無理がきいても、それが長期に続くと、勝手に脳が「これはピンチだ」と、エネルギーを使わないようにセーブするんでしょうね。

寝不足なのに活動的に遊んだり激しい運動をしたりすると、危険ですからね。
大人しくしているように、気分を停滞させる。

 

そんな状態では、仕事にせよ遊びにせよ満足いくパフォーマンスを上げられるはずがありません。

 

生活習慣を整えるってのは日常の基礎であり、ひいては人生の基礎となる。そう思います。

 

睡眠時間を削るのは禁じ手とする

何かあるとすぐ睡眠時間を削ろうとするのは、僕の悪いクセです。

 

これは、躁鬱を経験している人にありがちかもしれません。

躁の時は寝なくても平気なので、そこで鬱のハンデを取り返そうとするのですが、昔からそれが常態化しているので、睡眠時間を削って努力することに抵抗がなくなってるんですね。

 

普通は著しく寝不足になったり徹夜したりってのはイレギュラーなことで、日常ではないのですが、躁鬱とかメンタル疾患を持っていると、その普通とかイレギュラーとかの境目が明確じゃない場合があるのです。

 

どっちが良いとか悪いとかじゃないのですが、ビジネスの世界、特に個人商店とも言うべきブロガーや情報発信ビジネスにおいては、毎日の淡々とした積み重ねが必要で、日によってパフォーマンスに波があるってのは避けるべき事態。

 

昨日更新できなかった分、今日睡眠時間を削って昨日の分を取り返すとか、明日・明後日の分を予約投稿しておくとか、そういうやり方だと、仮に取り返せないくらいの事態、例えば「2週間落ち込んで更新できなかった」みたいな場合に、どうにもならなくなります。

 

なので睡眠時間を削るってのは本当に最後の手段。

「今だけ頑張れればいい」と覚悟しているなら止めませんが、ある程度長期的にビジネスに取り組むのなら、持続可能な方法を採るべきで、そういう意味では徹夜とか睡眠時間を継続して削るのは禁じ手とするべきです。

 

特に何か課題がある時、パフォーマンスが悪い分、自分を追い込んで結果を出そうとする。
これはほんとに何とかしないと。

 

睡眠時間を削って仕事をしてもなんにも残らなかった

寝不足になってさらにパフォーマンスが落ち、それをカバーするためにもっと睡眠時間を削って…という悪循環。

 

思い返せば、僕はサラリーマン時代にもこれを経験してました。

若いのになまじ役職がついて責任が重かったために、何とか「役割を果たさないと」「結果を出さないと」と気ばかり焦って、深夜残業が続き、寝不足でパフォーマンスが落ちて、ミスを連発するようになり、そのうち普通の仕事もできなくなって… ってのが続いて半年。

 

ある時プツッと何かが切れて、一切何もできなくなりました。

出社はするのですが、何をしていいか本当にわからなくなったのです。

泣きながら上司に謝ってギブアップして、休職です。

 

鬱になるような真面目な人は、責任感から一人で抱え込んで、自分を追い込んでしまう傾向がありますから、気を付けたほうが良いです。

 

ここで強く言いたいのは「あなたがぶっ倒れるまで仕事をさせようなんて、誰も思ってない」ってこと。

 

ギブアップなんて周りが許してくれない、と思うかもしれませんが、それは「まだできる」と思うからやらせようとしているだけ。

 

会社は仕事をしにくるところですから、出社している以上は、周りは通常どおりに仕事をするよう要求してくるのは当然です。

 

僕が泣きながらギブアップした時の上司も、普段は威圧的で、「結果が全てだ!結果出せ!」「甘えるな!」と根性論を振りかざす脳筋な人でしたが、僕が病気だと告白しギブアップ宣言をしたとたんに一気に優しくなり、

「お前病気だったんか」
「ほんなら休めよ。1ヶ月でも2ヶ月でも、心配せんと休んで、体治せ」

と気遣ってくれました。

 

結局、僕が一人で責任をしょいこんで、空回りして、無駄に自分を追い詰めて病んでいただけだったんです。

 

そんな働き方はやっぱりおかしいんですよ。

周りにどう思われようが、自分が「もう限界」と思ったならその気持ちを信じないといけない。
自分の限界は自分にしか分からないのだから。

 

結果だけ見れば僕は、そこでボロボロになって、再起不能になり休職 → 退職という、最悪のルートをたどっているわけです。

 

あの時あれだけ頑張っていたのに、結果はただ「会社に迷惑をかけただけ」

 

虚しいです。
今でも後悔しています。

 

だからこそ、同じ轍を踏まないでほしい。
頑張りすぎないでほしいんです。

 

あなたのその頑張りは、僕のように無駄な努力かもしれない。

会社はあなたのことをそんなに知らない。

あなたが会社にどれだけ貢献できるか、会社は知るよしもない。

 

あなたのことは、あなたにしか分からない。

 

だから、つらいならつらいとはっきり言わないと、それは自分を殺していることになるんです。

 

生きるために、正直になりましょう。

 

 

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管理人:ゆうしん

元中小企業の営業マン。
鬱で退職後、不動産投資と転売で稼いだり、また鬱になって休んだり。

中学から不登校だったり、高校中退したり、高認取って大学行ったり。

そんな経験をふまえて情報発信してます。

生きづらさとか。
社会に対する問題意識とか。
なんか楽しいこととか。

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